【演奏するのに知らないの?】ベートーベンの生涯〜短気で恋多き男の人生〜

この記事のまとめ

ベートーベンの人生について徹底解説!

どんな波乱万丈な人生を送ったのか?名曲とともに解説しています

『ベートーベンの曲を演奏するのに、どんな人だったかって意外と知らない』

ベートーベンについていちからわかりやすくお話していますよ

『今度、ベートーベンの第九を演奏するんだけど、ベートーベンっていったいどんな人だったんだろう?』

『ベートーベンの交響曲を良く弾くけど、ベートーベンのことって意外と知らないな・・・』

こんにちは、超絶緊張しいヴァイオリニストのめっしーです

クラシックを演奏していれば、必ずといって演奏するベートーベン

有名どころで言えば、交響曲第九番の通称“第九だいく”なんて毎年恒例こうれいで演奏するって人も多いんじゃないでしょうか?

でも、ベートーベンって、どんな人だったのかって知っていますか?

ヨメ猫

ギクッ

なんとなーく、気難しい人ってイメージがあるぐらい、なんじゃないですか?

ベートーベンを一言でいうと

この記事では、ベートーベンがどんな人だったのか、どんな波乱万丈はらんばんじょうの人生を送ったのかについて解説していきます

ベートーベンがどんな人だったのかを知れば、演奏ももっともっと楽しくなるし、深さも変わってきますよ

めっしー

それじゃあ行ってみよう

目次

年表

ベートーベンのイメージ画像
めっしー

ベートーベンの人生を年表で見てみよう

ベートーベン年表

0才(1770年)ドイツのボンという街で生まれる

4才(1774年)ピアノとヴァイオリンと始める、酒飲みクソ親父からの虐待スパルタレッスンはじまる

7才(1778年)はじめての演奏会を開く、『第二のモーツアルト』と絶賛される

9才(1779年)宮廷オルガニストのネーフェから作曲、ピアノ、オルガンを習う、鍵盤楽器がめちゃくちゃ上手くなる

12才(1728年)先生ネーフェの代理オルガニストをつとめる

17才(1787年)憧れだったモーツアルトに会う、モーツアルトに『あいつは大物になる』と言われる

17才(1787年) 大好きだったお母さんが亡くなる

22才(1729年)大作曲家のハイドンの弟子になる、ハイドンのもとで勉強するためにウィーンに渡るが、多忙なハイドンから放置プレー(全然教えてもらえない)をされる

25才(1795年)大きな劇場での初めてのコンサート、ウィーン中にベートーベンの名前が知れ渡る

28才(1798年)耳がだんだん聞こえにくくなってくる、不安や恐怖を音楽にしたピアノ・ソナタ《悲愴》を作曲する

32才(1802年)耳が聞こえない絶望から死を覚悟し、遺書を書く、からの復活

34才(1808年)《交響曲第三番「英雄」》を作曲

38才(1808年)《交響曲第5番「運命」》、《交響曲第6番「田園」》をベートベン自身の指揮で演奏

42才(1812年)22才年下の少女に恋し(ロリコン)、気持ち悪いラブレターを書く、もちろん玉砕ぎょくさい

54才(1824年)《交響曲第九番》が初演され、大成功、、だったが思いのほか収入が少なくてブチ切れ

56才(1826年)最後の作品である《弦楽四重奏第16番》を作曲、「まだまだ俺はいける」と語る

56才(1827年)ベートーベン、息を引き取る雷鳴らいめいが鳴り響く嵐の日だった

ヨメ猫

年表から読みたいところのリンクに飛んでね

10才より前のベートーベン【酒飲み親父からのスパルタレッスン】

めっしー

幼少期のベートーベンを見て行こう

ヨメ猫

大酒の飲みの、どうしよーもないお父さんの鬼特訓によってベートーベンの才能が花開いていくよ

ボンに生まれる

1770年の12月17日、ベートーベンはドイツのボンというまちに生まれる

ベートーベンの生まれた街"ボン"の位置
紀行地図さんより引用させていただいております

ドイツのボンがどんなところか知りたい、そんなときはこちらもチェック▽

ベートーベン家は音楽一家

ベートーベンのおじいちゃんは宮廷楽団の歌手、宮廷学長というえらい人

父ちゃんも宮廷楽団で歌手でした

音楽一家って裕福そうなイメージかもしれないけど、ベートーベン家は貧乏でした

まず、音楽家は貴族に仕える低い身分

そして、父ちゃんがもう酒におぼれてしっかり仕事をしない

まあ、クソ親父おやじだったわけ

そんな感じでベートーベン家は貧乏一家だった

ヨメ猫

恵まれた家庭ではなかったんだね・・・

めっしー

ベートーベンのお父さんは大酒のみだしね(笑)
まあ、このクソ親父おやじのおかげでベートーベンの才能が花開くわけだけど

酒飲みクソ父ちゃんのスパルタ特訓

ベートーベンは、現代では作曲家で有名だけど、当時はピアノでも有名だった

『悪魔の手を持つ男』

そんなことまで言われた

ピアノの名手になった理由は、酒飲みクソ父ちゃんのスパルタ特訓にある

ベートーベンの父ちゃんは、こんなことを考えます

『ベートーベンを音楽で有名にして、めっちゃ金もうけしたい』

酒飲み父ちゃんはベートーベンを有名人にして、金儲けをするためにピアノやヴァイオリンのスパルタ特訓します

『もっと練習しろ』

酒飲み父ちゃんの罵声ばせいが飛ぶ

ベートーベンは何時間も楽器の練習をいられる

ベートーベンは酔っぱらった父ちゃんに真夜中に叩き起こされて、朝まで練習させられたこともあった

ヨメ猫

スパルタ特訓という名の虐待ぎゃくたい・・・!?

ベートーベン

当時はそりゃ嫌だったよ、逃げ出したかったよ
でも、才能を伸ばしてもらったのは親父おやじのおかげだと思ってる

初めてのコンサート

ベートーベンが7才のとき(1778)、初めてピアノのソロコンサートを開く

ベートーベンの初めてのソロコンサートは大盛況

才能が認められて、『第二のモーツアルト』なんて言われた

ベートーベン

みんな私のことを天才っていう
けれど、天才じゃない
死ぬほど練習したから、ピアノを弾けるようになっただけ

ちなみに初めてのソロコンサートは、7才ではなく6才と年齢詐称ねんれいさしょうをして行われた

ベートーベンの大酒飲み父ちゃんはモーツアルトが大好き

モーツアルトは6才で初めての演奏会を開いている

大酒飲み父ちゃんは、

『7才での演奏会なんて、だれも話題にしない、モーツアルトと同じ、6才で演奏会を開いたことにしとこっ』

っていうわけで、7才ではなく、6才とウソをついて演奏会を開いた

ヨメ猫

なんかベートーベンのお父さんは息子を有名にして、金儲けをすることしか考えてないみたい・・・

恩師との出会い

ベートーベンは9才の時(1779年)、恩師と出会う

その恩師の名前をネーフェと言いました

ベートーベンが幼いときの、一番お気に入りの楽器はパイプオルガンでした

ベートーベンは狂ったように練習

パイプオルガンの練習は、夜遅くまで続くこともあった

ベートーベン

パイプオルガンは親父の虐待スパルタ特訓のつらいやしてくれた

パイプオルガンに熱中していたベートーベン、

でもこのときは独学で練習していて、変なくせがつきまくっていた

ベートーベンの変なくせを治して、正しい弾き方を教えたのが、ベートーベンの恩師であるネーフェという人

ネーフェ先生はベートーベンのパイプオルガンを聞いて

『変なくせはある、でも才能に満ちあふれている、私が正しい道に戻してあげなければ』

そう感じてベートーベンを教えることに

ベートーベンはネーフェ先生に対してこんな言葉を残している

「もし私が将来偉大な人間になるとしたら、それはすべて先生のおかげです」

ベートーベンの真実 谷克二著
ベートーベン

今の私があるのはネーフェ先生のおかげ

10代【天才モーツアルトとの出会い、そして母の死】

モーツアルトとベートーベンの名前が刻まれた楽譜
めっしー

10代のベートーベンにについて話していくよ

ヨメ猫

ベートーベンは、天才モーツアルトに会いにウィーンに行くんだ

ベートーベン、めっちゃ鍵盤楽器上手くなる

ネーフェ先生に習い始めたベートーベンは、鍵盤楽器がめっちゃ上手くなります

ネーフェ先生は、鍵盤楽器の基礎をベートーベンに叩き込むために、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』を教本として与えた

ベートーベンが死ぬほど練習したバッハの 『平均律クラヴィーア曲集』 が聞きたい、そんなときはこちらをチェック▽

基礎がしっかりしたベートーベンは、鍵盤楽器なら誰にも負けない状態に

12才頃には、ネーフェ先生の代わりに、宮廷でオルガンを弾く

そして、14才ごろにはオルガニストとしてお金をもらうまでに上達

ヨメ猫

ベートーベンさん、天才やん

ベートーベン

いやいや、死ぬほど努力したからだって

酒におぼれ、働かない使えない父親に代わって、ベートーベンは一家を支える

モーツアルトに会いに行きたくて仕方がない

17才の時(1787年)、ベートーベンはモーツアルトに会いに行く

ベートーベンの大酒飲みクソ親父おやじは、もうモーツアルトが大好きだった、めっちゃ尊敬していた

ベートーベンはもう腐るほど父親からモーツアルトの話を聞いていた

モーツアルトの天才的な音楽について何千回も耳にしていた

モーツアルトのような音楽家になれと育てられた

そうなると、自然とこうなる

ベートーベン

モーツアルトに会いて――――

というわけで、ベートーベンはモーツアルトに会いに行くことを決意

モーツアルトに会いに行った話

17才の若いベートベンは、モーツアルトと会うためにウィーンに向かう

ウィーンの場所を説明するための地図
紀行地図さんより引用させていただいてております

ウィーンがどんな街だったか知りたい、そんなときはこちらをチェック▽

ベートーベンが住んでいたドイツのボンから、オーストリアのウィーンまで直線距離で800キロ

片道だけでも1週間もかかる旅

それだけ時間をかけても、ベートーベンはモーツアルトに会いたい

ベートーベン

なんとかしてモーツアルトに会いたい、モーツアルトに会ってみたい

そしてついにベートーベンはモーツアルトに会う

このときモーツアルト 31才

ベートーベンはモーツアルトの前で即興演奏をする

モーツアルトはベートーベンの演奏を聞いて、こんなことを話している

モーツアルト

やつは必ず偉大な音楽家になる、世界を変える

大好きなお母さんを亡くす

ベートーベンがモーツアルトに会いにウィーンに行っていたとき、クソ親父おやじから悲しい知らせが届く

母さんが倒れた

ベートーベンは、ウィーンからすぐにお母さんのいるドイツのボンへとんぼ返りをする

とっても優しかったお母さん

父から虐待スパルタレッスンを受けたときに心の支えになってくれたお母さん

そんなベートーベンのお母さんは、ベートベンが 17才の時(1787年)、帰らぬ人となっている

ベートーベンは後にお母さんのことについて、こんな言葉を残している

「本当にあいすべきお母さんであり、とってもだいすきな友達でした」

楽聖ベートーベン さいとうみのる文 えんどうけんいちイラスト
ベートーベン

お母さんありがとう、、、
でも悲しんでいられない、家族を支えなければ

家族を支えるベートーベン

お母さんが亡くなっても、ベートーベンは悲しんでいる余裕はありませんでした

家族をやしなわなければならない

ベートーベンは宮廷オルガニストとして仕事をして家族を支えました

ヨメ猫

ベートーベンのお父さんは心を入れ替えて、ちゃんと仕事をしたりしなかったの?

めっしー

その逆で、さらにダメ人間になった
もう廃人状態、ベートーベンが家族を支えるしかなかったんだ

20代【音楽の都ウィーンへ】

ウィーンのイメージ
めっしー

20代のベートーベンを見て行こう

ヨメ猫

音楽の都ウィーンで認められて、音楽家として充実した時期だよ

スーパースター ハイドンの弟子になる

ベートーベンが22才のとき(1792年)、当時のスーパースターのハイドンの弟子になります

ハイドンは『交響曲の父』と言われ、当時めっちゃ成功した音楽家でした

ハイドンが作曲した交響曲を聞いてみたい、そんなときはこちらをチェック(交響曲104番”ロンドン”▽

イギリスで大成功を収めたハイドンが、ウィーンに変える途中、ベートーベンがいるドイツのボンに立ち寄ります

ベートーベン

ハイドン先生に見てもらうチャンス

ベートーベンはハイドンに自分の作品を見てもらうチャンスと考えて、作曲した曲をもってハイドンに会いに行きました

60才のハイドンはベートーベンの作品をとても高く評価しました

ハイドン

きみ、才能あるよ?
弟子になる?

ベートーベンの才能を見抜いたハイドンは、ベートーベンの弟子入りを許します

ベートーベンは、故郷のボンからウィーンに移り住みます

ベートーベン

ハイドン先生のもとで、頑張って勉強します

ウィーンでの勉強勉強勉強

ハイドンから弟子入りを許されたベートベン22才は(1792年)、音楽の都、ウィーンでの勉強をはじめる

が、ハイドンがベートーベンに教えることは、ほっとんどなかった

ハイドン

ごめーん、忙しい

ハイドンは超多忙たぼう、ベートーベンを教える余裕はありませんでした

そして、ハイドンは教えるのが下手

ベートーベン

ハイドン?
全然教えてくれなかったけど、なにか

ベートーベンは、『これじゃ音楽の都ウィーンに来た意味ねーじゃん』、っていうことでハイドン以外に先生を探してレッスンを受けます

ハイドンに内緒で、いろいろな人から作曲やヴァイオリンを習って音楽の知識を深めました

勉強の成果を発揮する一大チャンス

ベートベン25才(1795年)、勉強の成果を出す、いち大チャンスに恵まれます

大ホールでの、大きなコンサートを開くことになったのです

ベートーベン

私のことを多くの人に知ってもらうチャンス
このチャンスをなんとか成功させなければ

ベートーベンは、ウィーンではまだまだ無名の存在

貴族たちの小さなサロンでコンサートを開いたりして、生計を立てていました

そんな無名のベートーベンにチャンスが訪れます

大きなホールで演奏する機会に恵まれます

サロンコンサートを通して、貴族たちから才能を認められた結果でした

ベートーベンは大ホールのコンサートで、ベートーベン自身が作曲した《ピアノ協奏曲第2番》をベートーベン自身で演奏します

ベートーベン自身が作曲し、演奏した 《ピアノ協奏曲第2番》 を聞いてみたい、そんなときはこちらをチェック

この大ホールでのコンサートによって、ウィーンの音楽家や音楽愛好家、たくさんの人々に”ベートーベン”という名前が知れ渡る

ベートーベンにとって、この大ホールでの演奏会は、音楽家として大きな一歩になった

充実した音楽家としての生活

大ホールでの演奏会の成功によって、ベートーベンへ仕事がい込んできます

貴族たちからはベートーベンは引っ張りだこ

ベートーベンの作曲した楽譜は、すぐに出版されたり

貴族のお嬢様のレッスンをしたりと大忙し

ベートーベン

やっと一人前の演奏家として認めてもらった

ピアノソナタ《悲愴》悲愴の作曲

充実した音楽家として生活していたベートーベン

そんなときに作曲されたのが、ピアノソナタ第8番《悲愴ひそう》を作曲します

悲愴ひそう》はベートーベンが28才の作品

ピアノソナタ第8番《悲愴ひそう》を聞いてみたい、そんなときはこちらをチェック▽

悲愴ひそう》はベートーベンの耳が聞こえなくなってきた時期の作品

ベートーベンは自分の耳が聞こえなくなってきたことに、不安と恐怖を抱いていたころの作品

ベートーベン

耳は治るのか?これからどうなるのか、不安、不安、不安、怖い、怖い

そんな不安を恐怖を音楽として表したのが《悲愴ひそう》という作品です

30代【耳が聞こえない、絶望、絶望、絶望】

絶望のイメージ画像
めっしー

30代のベートーベンを見て行こう

ヨメ猫

30才で耳が聞こえなくなって、人生のどん底に・・・

耳が聞こえない、耳が聞こえない、終わりだ

ベートーベン31才ごろ(1801年)、聴力はさらに衰えていた

音楽家としては耳が聞こえないことは致命傷ちめいしょう

音楽家にとって耳が聞こえないことは絶望的なこと

ベートーベン

もう終わりだ

ベートーベンは耳が悪いことを隠すために、人を避けるようになる、家に引きこもるようになる

ベートーベンは耳が聞こえないことが、周りにバレてしまうと音楽家として終わる、そう考えていた

ベートーベン

耳が聞こえない作曲家の書いた曲なんて、耳が聞こえない音楽家の書いた曲なんて、誰も求めてない

『もう死んだほうがマシだ』ベートーベン遺書いしょを書く

ベートーベン

『耳が聞こえなら死んだ方がマシだ、いや死ぬべきだ』

そう考えたベートーベンは遺書を書く(32才)

ベートーベンは耳を治すために、医者から静養せいようを進められる

ベートーベンはわらにもすがる思いで、医者の言う通りハイリゲンシュタットという街で静養せいようを始める

ハイリゲンシュタットがどんなところだったか知りたい、そんなときはこちらをチェック▽

ハイリゲンシュタットで休んだベートーベンだけど、耳は全然良くなる気配はない

ベートーベン

もう一生耳は治らない

ベートーベンは耳が一生治らない、不治のやまいであるということを理解した

ベートーベンは死を覚悟する

ベートーベン

耳の聞こえない音楽家なんて、もう終わりだ、生きている価値なんてない

死を覚悟したベートーベンは遺書を書く

ーよろこんで死に急ぎ向かおう。ー

(省略)

ーしかし、いま(死が)おとれたとしても、ぼくは満足する。その方がぼくは幸福なのかもしれない。死は、果てしなき苦悩よりぼくを救い出してくれるのではないだろうか。ー

来たれ、なんじの欲する時、なんじを迎え出よう。

ベートーベン ひのまどか著

ベートーベン復活

死を覚悟したベートベン

自分で命をたったのか?

ベートーベンは、自分で命を絶つことなかった

ベートーベンは、こんな言葉を残している

僕は絶望し、もう少しのところで自殺しようとした

ただ芸術が僕を引きとどめた

これを成し遂げずにこの世を去ることは不可能だ

追跡者 ザ·プロファイラー「ベートーベン」
ベートーベン

私を引き留めたのは『芸術』
私の使命は『芸術』を世に残すこと、
この大きな使命を成し遂げないで、この世を去るなんてできない

生きる決心をしたベートーベンは、次々と名曲を世に送り出していく

耳が聞こえなくても作曲はできる、名曲の数々

生きる決心をしたベートーベンは、数々の名曲を書きあげていく

34才のとき(1804年)に交響曲第3番《英雄えいゆう

ベートーベンが作曲した交響曲第3番《英雄えいゆう》を聞いてみたい、そんなときはこちらをチェック▽

ベートーベン

《英雄》は、自由の象徴しょうちょうだったナポレオンのために書いた曲

38才のとき(1808年)に交響曲第5番《運命》と交響曲第6番《田園》をベートーベン本人の指揮で初演した

ベートーベンが作曲した交響曲第5番《運命》を聞いてみたい、そんなときはこちらをチェック▽

ベートーベンが作曲した交響曲第6番《田園》を聞いてみたい、そんなときはこちらをチェック▽

ベートーベン

交響曲第6番《田園》は自然の音を音楽にしている

ロリコンベートーベンの恋

ベートーベンを語るときになくてはならないのは、恋愛

ベートーベンは多くの女性に恋をしました

名前がわかっているだけでも10人以上

ベートーベンの恋愛はたまらなく純粋、そして情熱的すぎる恋

すぐに猛烈に恋におちて、結婚を申し込む

ベートーベン

走り始めたら気持ちが止まらなかった

そして、恋をした女性に対してラブソングを送りました

例えば、ピアノソナタ第14番《月光》はラブソングの一つ

ベートーベンのラブソング、ピアノソナタ第14番《月光》を聞いてみたい、そんなときはこちらをチェック▽

ヨメ猫

とっても美しい曲

でも、ベートーベンの恋はみのることはなく、生涯を独身で過ごしました

なぜ、ベートーベンの恋は実ることはなかったの?

理由一つは、ベートーベンは貴族の女性ばかりに恋したということ

平民のベートーベンのと貴族との結婚は、ベートーベンの時代にはありえないことでした

2つ目の理由は、恋をした女性が年下、そして年もかなり離れていたりしました

最後に結婚を考えたテレーゼという女性はなんと、22才年下

ヨメ猫

ロリコンやね(笑)

ベートーベン39才、テレーゼ17才

テレーゼの両親は猛反対、最後の恋もみのることはありませんでした

ベートーベンが恋をしたテレーゼのために書いた曲が、《エリーゼのために》という曲

ヨメ猫

あれ、《レーゼのために》じゃないんだ

めっしー

ベートーベンの字はめちゃくちゃ汚い
ベートーベンは《Thereseテレーゼのために》と書いたのに、字が来たな過ぎてThって書いてあるのかないのかわからず 《Ereseエリーゼのために》 となったみたい

40才【衰えない恋心】

恋心のイメージ
めっしー

40代のベートーベンを見て行こう

40才過ぎても恋の情熱はやまない

ベートベンの情熱的な恋は、40才を過ぎても落ち着くことはありませんでした

ベートーベンが42才のとき、こんな手紙を書いている

私を愛してください

今日も昨日もあなたが何と恋しくて涙したことか

おお、あなたが恋しくて・・・

あなたは わたしの命

追跡者 ザ·プロファイラー「ベートーベン」

ベートーベンが心の奥底から愛した人は、アントニアという女性

でも、問題があってアントニアという女性は4人の子供をもつ人妻

そして、アントニアの夫とベートベンは知り合いでした

ヨメ猫

複雑な三角関係やね(笑)

そんなこんなで熱烈な恋文は届られることはなかった

ベートーベン

机の引き出しにしまったまま

このクソ恥ずかしいラブレターを書いたベートーベン、もちろんアントニアという女性にもラブソングを書いています

その曲はピアノソナタ第31番という曲

ベートーベンのラブソング、ピアノソナタ第31を聞いてみたい、そんなときはこちらをチェック▽

ヨメ猫

ベートーベンのピアノソナタって、何か心を鷲掴わしづかみにされる

めっしー

交響曲は『自分はすごいんだぜ』って表現しないといけない
ピアノのは背伸びすることなく、感情を表せる
だから、ベートーベンのピアノソナタはグッとくるのかもね

50代【交響曲第9番の作曲、そして死】

第九の演奏のイメージ
めっしー

50代のベートーベンを見て行こう

ヨメ猫

名曲《交響曲第9番》を作曲する
そして、近づく死

交響曲第9番の作曲

ベートーベンが54才のとき(1824年)、世界中で愛される名曲、交響曲第9番が完成した

ベートーベンが交響曲第9番を作曲し始めたのが、45才ごろ(1815年)

合唱の歌詞のもとになった《歓喜にす》という詩にベートーベンが出会ったのが20才くらい、そのときから《歓喜に寄す》という詩を音楽で表したいとベートベンは考えていた

《歓喜にす》 という詩に出会ったころから数えると、交響曲第9番は30年以上かけて作られた曲

合唱の歌詞のもとになった《歓喜にす》ってどんな

交響曲第9番の合唱の歌詞のもとになった《歓喜にす》ってどんな詩なのか?

《歓喜にす》はドイツの有名な詩人、シラーによって書かれたもの

ベートーベンは詩の《歓喜にす》から第九の合唱である《歓喜の歌》を作りあげた

《歓喜にす》 は簡単に言うと、”人類愛と平等“を表現したもの

(《歓喜に寄す》は)すべての人々が分け隔てのない友情に貫かれ、同じ神のもとで同胞どうほうとして生きることに真のよろこびがあると歌い、新しいユートピアの時代の到来を求める人々の心を揺さぶった

生誕250年ベートーベン《第九》すみからすみまで 『音楽の友』&『レコード芸術』編
めっしー

すんごく簡単にいうと、《歓喜にす》は人間って平等だよね
階級とかで差別すんのってダメだよねー
っていうメッセージが込められた詩

ベートーベンが生きた時代は貴族が偉くて、平民がいて、もっと下が奴隷どれいっていう感じで人間が平等じゃないのが普通だったし、誰も疑問を持たなかった

《歓喜にす》は当時当たり前だった”人間は平等じゃない”っていうことに疑問をもって、”人間は平等じゃない”ってなんか間違ってなーい?というのを問いかけた

もっと言うと、 《歓喜にす》 は貴族と平民とかの階級に縛られないで、もっと自由にいきよーぜっていうのを伝えようとしている

ベートーベンは 《歓喜にす》 の新しい考えに共鳴して、 《歓喜にす》 を交響曲第9番に取り入れる

ベートーベン

今までにない《歓喜にす》の自由・平等という考え
に感動して、どうしても音楽で《歓喜にす》を表現したかった

初演はどこで?

交響曲第九の初演を、どこで演奏するのかでめる

ベートーベンはウィーンに住んでいたので、ウィーンの人たちは交響曲第九番の初演は、ウィーンで行われると確信していた

でも、ベートベンはウィーンの人々の期待を裏切る

ベートーベン

ウィーンで第九の初演はしないよ

ベートーベンは、第九の初演をウィーン以外で行うと言い出します

ウィーンでは、ロッシーニという人の音楽がブームでした

ロッシーニはイタリア人で明るさが魅力、ベートーベンの重々しい音楽とは正反対でした

ロッシーニの明るい音楽を聞いてみたい、そんなときはこちらをチェック▽

ベートーベンは、ロッシーニに心を奪われているウィーンの人々のことを気に入りませんでした

ベートーベン

中身のない、子供だましの音楽に夢中になるなんてウィーンの人々の耳が腐ったんじゃないか?

ウィーンの人々は焦ります

いくらロッシーニがブームといえど、ベートーベンはウィーンの宝

なんとか交響曲第九番の初演をウィーンでやってもらいたい

そんなこんなで、ウィーンの人々は交響曲第九番の初演をウィーンで行ってくれるよう、ベートーベンを説得にかかります

『ウィーン市民みんなが、ベートベンさんの音楽を待ちわびていますよ』

『ベートーベンさんの新しい音楽がはやく聞きたくて、聞きたくて待ちわびてます』

超偉い貴族たちの署名も集まりました

ベートーベン

仕方ない、、ウィーンで初演をするか(内心持ち上げられてうれしい)

ベートーベンは交響曲第九番の初演をウィーンで行うことに決める

ベートーベンの初演、大成功

ベートーベンが54才のとき(1824年)、交響曲第九番が、ウィーンのケルントナートール劇場で初演される

劇場は超満員

ベートーベン本人が、指揮をとった

(耳が全然聞こえていなかったので、ベートーベンの隣で耳が聞こえる指揮者が本当の指揮をしていた、演奏家はベートーベンの指揮をほとんど見ていなかった・・・という裏話)

交響曲第9番の演奏が始まった

第1楽章は、人間の悲しみや悲劇を力強く表現

第2楽章は、人間の苦しみをわらい飛ばすような曲

第3楽章は、天国のような美しい曲

そして、第4楽章

《歓喜の歌》の大合唱、オーケストラの音が劇場をいっぱいにする

交響曲第九の演奏が終わった

観客は興奮し、拍手拍手拍手・・

指揮をしていたベートーベンは拍手に気が付かない、耳が聞こえない

涙を浮かべたアルト歌手が、ベートベーン視線を観客席に向ける

ベートーベンは全身全霊ぜんしんぜんれいをかけて作曲した、交響曲第9番が大成功だったことを知る

ベートーベンは観客に何度も、何度も、何度も頭を下げた

あれ、あんまり儲かってないぞ

大成功に終わった第九の初演

良かった、良かった・・・

で終われば良かったのだが、トラブルが発生する

ベートーベン

全然もうかってないじゃないか(怒)(怒)(怒)

観客は満員、大成功で終わった第九なのに、ベートーベンへの報酬は低かった

ベートーベンはブチ切れ

ベートーベン

金をだまし取ったんだな(怒)(怒)(怒)

第九の演奏会を開くために協力してくれた秘書や仲間を疑う始末・・・

めっしー

第九ってどうしてもお金かかるよね・・・

ヨメ猫

フルオーケストラ、大合唱、歌のソリスト、どうしても人件費がね(笑)

もっと第九のことが知りたい、そんなときはこちらの記事もチェック▽

(工事中、しばらくお待ちください)

過激すぎ息子への愛、息子の自殺未遂

集大成である交響曲第九番を書き上げたベートーベン

ここからこの世を去るまで、ベートーベンの頭の中は、息子のカールでいっぱいになる

息子と言っても血はつながってない

ベートーベンの弟の息子で、ベートーベンの弟が病気で亡くなったため、ベートーベンが引き取っている

ベートーベンは息子のカールを溺愛できあいします

でも、過激なベートーベン、息子カールが好きすぎて、好きすぎて、愛を通り越して束縛そくばくする

ベートーベン

息子カールよ、そんな悪い友達とは縁を切りなさい

息子のカール

そいつは良いやつです、伯父おじさん
もう4年も一緒にいるし、悪いヤツじゃないですよ

ベートーベン

これと、これと、これと、これと、これと、これと、これをやっておきなさい

息子のカール

伯父おじさんそれは無理です
やらなくてはいけない勉強が山積みです、伯父おじさんはわかってない

ベートーベン

音楽家になりなさい

息子のカール

ぼ、ぼくは商人か軍人になりたんだ

ベートーベン

お前は親不孝ものか!
私がどれだけお前に愛情を注いできたか、お前のことだけを思って言っているのに
お前の父親ということが恥だ

ベートーベンと、息子のカールとの口論は続く

ちなみに、息子カールは20才弱の青年

最終的に、息子カールはベートーベンの束縛そくばくに耐え切れず、ブチ切れ、ベートーベンのもとを飛び出す

息子のカール

伯父おじさんとはもうやっていけません

息子カールはどうしたのか?

ベートーベンに束縛そくばくされるのがつらすぎて、つらすぎて自殺を図ります

頭にピストルをちます

幸いなことに、ピストルのたまは急所を外れて、息子カールの自殺未遂は失敗に終わる

ベートーベン

あんなに息子カールのこと愛したのに
カールのために愛情を注ぎこんだのに、なんでカールは自殺未遂をしたのか?
私はもうどうしていいのか、わからない

ベートーベン最後の平穏な日常

息子カールの自殺未遂があったにも関わらず、ベートーベンは懲りずに、息子カールのそばを離れようとしません

ベートーベン

息子カールのために、ゆっくりできるところに連れていこう

ベートーベンは息子カールを静養せいようさせるために、二人は田舎いなかのグナイセンドルフという街に向かった

田舎のグナイクセンドルフでの生活が、ベートーベンにとって、最後の平穏へいおんな日常となった

ベートーベン最後の曲《弦楽四重奏第16番》

田舎町、グナイクセンドルフでの生活の中で、ベートーベンは最後の作品を書いている

ベートーベンの最後の作品になったのは《弦楽四重奏第16番》

《弦楽四重奏第16番》 を聞いてみたい、そんなときはこちらをチェック▽

《弦楽四重奏第16番》 は、ベートーベンが亡くなる5カ月間に完成した曲

それなのに、ひときわ美しい

《未完成交響曲》などを作曲した天才作曲家のシューベルトは 《弦楽四重奏第16番》 を聞いて、こんなことを言っている

「自分たちは、今後何を作ればよいのだろう・・・」

ベートーベンの真実 | 谷 克二, 鷹野 晃 |本 | 通販 | Amazon

ベートーベン自身も

ベートーベン

まだまだ、自分は衰えていない

そう語った曲

ベートーベンの最後

愛する息子との平穏へいおんな生活は、そう長くは続くかなかった

ベートーベンは、重度の肺炎と肝臓病だった

ベートーベンの命は、尽きようとしていた

ベートーベンは、グナイクセンドルフから、ウィーンへ戻る

治療が行われたものの、効果はなく、ベートーベンはほとんど話せないほど衰弱すいじゃくした

1827年、ベートーベンは息を引き取る

56才だった

ベートーベンが亡くなった日は、朝から雷鳴がとどろき、ヒョウや吹雪、風が吹き荒れる激しい日だった

ベートーベンのお葬式

ベートーベンのお葬式そうしきにはウィーン中の人々が参列した

その数なんと2万人以上

音楽を愛した人、多くの作曲家が参列した

ベートーベンのお葬式ではピアノ・ソナタ第12番の《葬送そうそう行進曲》が金管楽器によって演奏され、ベートーベンを送り出したとされる

ベートーベンのお葬式で演奏されたピアノ・ソナタ第12番《葬送そうそう行進曲》を聞いてみたい、そんなときはこちらをチェック▽

ベートーベンの名曲を聴いてみよう【おすすめ音源】

ヨメ猫

ベートーベンのおすすめ音源を紹介するよー

めっしー

ベートーベンのことをもっと深く知ることができる

『交響曲第9番ニ短調《合唱付き》op.125』指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

交響曲第九番は、通称”第九”と言われる曲

毎年、年末に演奏される曲ですね

第九って第4楽章の『歓喜の歌』が有名すぎて、歌の部分しか知らないかもしれません

でも、第九は1楽章から3楽章も最高です

とくに、3楽章は良いです、美しすぎて、天国に行った気持ちになります(笑)

ぜひ、全部通して聞いて欲しい、です

第九の第3楽章を聞いてみたい、そんなときはこちらをチェック▽

交響曲第9番の音源は『帝王』と呼ばれた指揮者カラヤンと、世界3大オーケストラの一つ、ベルリンフィルの1枚をおススメします

『交響曲第5番ハ短調《運命》op.67/交響曲第7番イ長調op.92』指揮:カルロス・クライバー/ウィーン・ウィーンフィル管弦楽団

交響曲第5番の《運命》と交響曲第7番が入った音源になります

《運命》なんか、冒頭の『ジャジャジャジャーン』が有名ですよね

でも、《運命》って冒頭の『ジャジャジャジャーン』だけじゃないです

特に聞いて欲しいのが第2楽章

2楽章は穏やかなんです、穏やかなんですけど、ベートーベンのエネルギーがいっぱい入っている

ヨメ猫

有名な『ジャジャジャジャーン』のある1楽章だけじゃなくて、他の楽章も聞いて欲しいな

指揮はキャンセル魔(演奏会をよくボイコットした)で、変わり者おじさんのクライバー

ちなみにクライバー大好きです

指揮がもう美しい(笑)

クライバーの指揮を見てみたい、そんなときはこちらをチェック▽

クライバーが指揮する音楽聞いたことがないって言うのであれば、ぜひ聞いてみて欲しいです

『交響曲第6番ヘ長調《田園》op.68』指揮:小澤征爾/サイトウ・キネン・オーケストラ

交響曲第6番は《田園》という名前からわかるように、自然を描いた曲

ベートーベンは自然が大好きだった

ヨメ猫

穏やかな田園風景、嵐、自然の優しさ、穏やかさから、自然の厳しさを描いた曲

おススメ音源は、日本人の大指揮者の小澤征爾さん、オーケストラは日本の名演奏家を集めて作られるサイトウ・キネン・オーケストラです

全然関係ないですが、一番長く習っていたヴァイオリンの先生はサイトウ・キネン・オーケストラで演奏していたらしい

当時習っていたヴァイオリンの先生は化け物魔法使いみたいな音を出していた

そんな化け物魔法使いの集まり、サイトウ・キネン・オーケストラの演奏をお楽しみください

『ベートーベン:4大ピアノ・ソナタ集』ピアノ:ヴィルヘルム・ケンプ

ベートーベンと言ったらピアノ・ソナタは外せません

ピアノ・ソナタはベートーベンの心を映した鏡

ベートーベンのピアノ・ソナタを聞くと心を鷲掴わしづかみにされる

めっしー

ピアノ・ソナタはベートーベンの情熱、苦悩、不安が詰め込まれた人間的な曲

おススメ音源のヴィルヘルム・ケンプさんは、ドイツのピアニスト、オルガニスト

なんだろう、つつみこむような音色、温かい音色といったらいいんでしょうか

背筋がゾクゾクする音をもった方です

ヴィルヘルム・ケンプさんの演奏聞いてみたい、そんなときはこちらをチェック▽

ヴィルヘルム・ケンプさんの演奏、ぜひ聞いてみてください

おすすめ本【ベートーベンのことをもっと知りたい】

めっしー

ベートーベンのことを知りたくなったら、これから紹介する本を読んでみて

ヨメ猫

できるだけわかりやすくて、ベートーベンがどんな人だったのか、人間性を含めて知ることができる本を紹介するよー

音楽家の伝記 はじめに読む1冊 ベートーベン ひのまどか著

ひのまどかさんの書いた、『はじめに読む1冊』シリーズ、おススメです

何がおススメなのか?

作曲家の人間性にピントを合わせているところがおススメなポイントです

伝記ってなんか堅苦しいじゃないですか?(笑)ぶっちゃ眠くなる本多数たすう・・(笑)

ひのまどかさんの『はじめに読む1冊』はストーリー仕立てになっていて、ベートーベンがどんな人だったかを、鮮明にイメージすることができる

ヨメ猫

ベートーベンについて知りたくなったら、『はじめの読む1冊』シリーズから読んでみて

まんが人物伝 ベートーベン 生きる喜びを伝えた作曲家 平野 昭著

まんがばんのベートーベンの伝記です

なんといっても読みやすい、まんが、ですからね(笑)

でも、ベートーベンがどうな人だったのかがわかる、そしてイベントをしっかり網羅もうらしている本

ページ数がそんなに多くないないので短時間で読めます(笑)

ベートーベンのことを知りたいけど、眠たくなる伝記を読むのはしんどいなーってときは、ハードルを思いっきり下げた、まんが版の伝記がおススメ

ヨメ猫

本を読むのが苦手・・・っている場合はまんが版のベートベンの伝記がおススメ、わかりやすいよ

まとめ

この記事では、ベートーベンの人生、生涯しょうがいについてお話してきました

めっしー

この記事の内容を振り返ってみよう

この記事のまとめ
  • 酒飲みクソ親父の虐待スパルタレッスンで、ベートーベンの才能が花開く
  • 勉強するために音楽の都、ウィーンへ
  • ウィーンで大成功、ウィーン中にベートーベンの名前が知れ渡る
  • でも、耳が聞こえなくなる、絶望から死を覚悟して遺書を書く
  • 耳が聞こえなくても作曲できると気づく、生きる決心をし、名曲を生み出し続ける
  • ベートーベンの集大成である《交響曲第九番》を自分の指揮で演奏する
  • ウィーンで息をひきとる、嵐の日だった

ベートーベンって、音楽の授業の絵の影響か知らないけど、なんか気難しい、堅苦しいイメージだった

でも、こうしてベートーベンを見ていくと、不安になったり、恋をしたり、ショックを受けたりとっても人間的だったんだなーって思う

ベートーベンを演奏するときに、この記事の内容が少しでも頭に残って、少しでも演奏に役立ててもらえると、とっても嬉しいです

ヨメ猫

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました(ペコリ

参考文献
1)音楽家の伝記 はじめに読む1冊 ベートーベン ひのまどか著
2)まんが人物伝 ベートーベン 生きる喜びを伝えた作曲家 平野 昭著
3)ベートーベンの真実 谷 克二著
4)ベートーベンの生涯・完全収録版 ロマン・ロラン著
5)生誕250年 ベートーベン《第九》すみからすみまで 演奏家が語る大いなる音楽世界遺産 音楽の友著
6)交響曲「第九」の秘密 学生・ベートーベンが歌詞に隠した真実 マンフレッド・クラメス著
7)ベートーベンの生涯 青木やよい著
8)世界の音楽家達 楽聖 ベートーベン さいとうみのる著

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この記事を書いた人

病的なあがり症×元パニック障害×アマオケ主席奏者/歌のテストで緊張しすぎて倒れ、保健室に搬送/小学校のリコーダーのテストで緊張のあまりリコーダーを落とした経験/なのにヴァイオリンを始める→プロを輩出する門下で学ぶ、ヴァイオリン大好き→緊張で人前で演奏できない→試行錯誤→本来の演奏ができつつある→さらに研究中(←今)/緊張で悩む演奏家のブログ【ヴァイオリンと緊張のためのソナタ】を運営/Twitterではあがり症に役立つ内容を発信(@messi_agarisyo)/めっしーの詳細なプロフィール記事はこちら/JADP認定マインドフルネススペシャリスト

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